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推薦文
「三人の神様」
札幌からの出張のついでに、友人が施術を受けに行くというのにくっついて初訪問。まったくの物見遊山として同行したはずだったのに、友人と正美先生から「んじゃ今日は藤原さんが施術を受けていかれたら?」と言われて「はぁ」と否定とも肯定ともつかない思いのまま施術を受けさせて頂く事になりました。
だいたい、なんの目的もないんですよ。どこも痛くないし心の病もない(と思っていた)のに、いったい何をされるのだ?と思いつつも、横山先生の「じゃぁ、こちらへ」という言葉に釣られて施術台へ・・・。その後の数十分は今、思い出そうとしても何が起こったのか理解不能なことばかり。時間がどれくらい経ったのかさえ覚えていないほどです。
なので、所々記憶が曖昧で大切な部分が欠落したりするかもわかりませんが、とにかくあの不思議な出来事を出来る限り(忘れないうちに)忠実に記しておきたいと思います。
その前に、簡単に自己紹介をしておきましょう。ちょっと自慢できない話ばかりですが、私は現在55才で、雑誌の編集をしております。全国を取材して歩くのが主な仕事です。
12年前に離婚し、子供3人と妻を捨て家を出ました。事業に失敗し、莫大な借金を作ってしまったのが原因の一つでした。そう、それは原因の「一つ」なんですが、そのあたりの事情はこの度のお話と直接関係がないので割愛します。
とにかく、当時高校1年だった長男を筆頭に、中学生になったばかりの長女と小学生だった次男の3人の子供を妻に押し付け、逃げるようにして家を出たのです。離婚後、私は自己破産しました。生きるため にはそれしかありませんでした。暗い話ですみません。
離婚後8年ほど経った頃に元妻から連絡があり、娘のことで相談があると言われました。それを機に長男以外の家族と和解し、交流が始まりました。そして去年、東京から帰省した長男から連絡があり、二人きりで会いたいと言われました。妻から「長男は今も父親を恨んでいる」と聞かされていたので、これはもう覚悟を決めて、一発や二発殴られても仕方がないと腹をくくり、11年ぶりに長男と会いました。
「恨み続けたよ」と言われました。恨んで恨んで、恨む事をエネルギーにして生きてきた、と。「でもね。なんだか恨むことに疲れてきてさ」。彼は言いました。恨む以外に父親と相対することはないのだろうか?と思い続けるうちに、彼は一つの結論に至ったそうです。そして、「帰省して父さんにこのことを言わなくちゃと思ったんだ。15年間、兄弟の中で一番長くオレを育ててくれて、ありがとう」。
泣きました。思いも寄らない言葉をかけてくれたのです。涙があとからあとから湧いてきて、心から彼に詫びました。でも、嬉しかった・・・。
さて、そんないきさつを心に封じ込めたまま施術台に乗った私は、横山先生の「一番苦しかったこととか辛かったこと、忘れてしまいたい痛みを解放しましょう。そのために、当時のことをしっかり思い出してください。辛かったら泣いてもいいんですよ」という言葉で、何が一番辛かったのかな〜?と漠然と過去を逡巡しました。姉の自殺?親父の死?兄夫婦からの圧力で親父の葬式に出れなかったこと???あれこれといかにも辛そうなことを思い出してはみるのですが、どれももう自分の中ではすっかり済んでしまっていることなので、大して辛くもなかったんです。なんか、イメージで言うと道路に鍋の蓋のようなものがあって、「親父の死」という蓋を開けても悲しくなくて、「姉の自殺」という蓋を開けても何も痛みはなく、あ〜、これじゃないな〜という感じでした。
その時、横山先生の声がしたのですが、何を言われたのかは覚えておりません。ただ、その言葉に触発されて、突然目の前に元の家族と住んでいた家のシーンが浮かびました。今の位置とは違うところにあったソファー。左から頭を抱えた長男、怖い顔をした元妻、そして寄り添うようにして不安げな顔をしている娘と末っ子が見えました。私が何かを話しているようです。必死に涙をこらえる子供たちの顔が鮮明に思い出され、施術台の上で嗚咽がもれそうになりました。一番辛いことって、あの時の子供たちの泣き顔だった・・・。突然、蘇ったんです。あんなに泣かせたから、悲しい思いをさせたから、あの時の光景はずっと心の奥にしまい込み、鍵をかけていました。思い出さないようにしていたのです。
でも、今はそんな私を父と呼び、以前と変わらぬように接してくれる子供たちです。子供を捨てた父親がそんなに簡単に赦されていいわけがありません。
それなのに彼らは私を赦し、受け入れ、育ててくれてありがとうとまで言ってくれた・・・。
振り払おうとしてもあの時の子供たちの泣き顔が鮮烈に目の前に浮かび、私は必死で声にならない声で訴えました。「赦すなよ!一生赦されなくて当たり前なんだ!それなのに、こんなオレをなんでお前たちは赦してくれたんだよ!まだ全然詫びてないじゃん!赦される資格なんてオレにはないんだから!」・・・。
横山先生の手がお腹から胸に移り、そして首筋にそっと添えられました。慟哭は少しずつ落ち着いてきました。でもダメだ!忘れちゃいけないんだ!あの子たちの泣き顔を! と思いを凝らしていると、ソファーの上に座った彼らの顔がなぜか現在の大人の顔になり、にこにこした笑顔になっていくのです。
あの当時のイメージは次第に薄らいでいき、まるでオーバーラップでシーンが変わるかのように、彼らの姿がどんどん現在の姿に変わっていきました。その時、突然ある言葉が浮かびました。声、だったのか、文字だったのか記憶は曖昧ですが言葉だけは強烈なまでに鮮明でした。「悲しみは、 続かない」という言葉です。私に呼びかけられた言葉なのか、あの時の子供たちに向けてかけられた言葉なのかわかりませんが、とにかく 頭の中いっぱいに「悲しみは、続かない」とあるんです。(どういう意味なんだ?もう悲しまなくてもいいってこと?禊ぎは済んだってことか?)
困惑し、ポカ〜ンとしている私の頭の中に、今度はなぜか金色に彩られた3人の子供たちが満面の笑みをたたえて私を見つめています。そして、確かに彼らはこう言いました。
「よかった・・・。ようやく、気づいてくれたね」と。何かが一瞬にしてはじけ飛んだような感覚があり、何かが解りかけたような気がしたとたん、横山先生の優しくて暖かい声が聞こえました。
「よかったですね。たくさん、白い煙がもくもくと出るみたいにたくさん出ましたよ」。
何が出たのか?何がよかったのか?何がなんだかワケがわかりません。ただ、横山先生の声でようやく現実に戻った感じです。「何度か、寝てませんでしたか?」と聞かれ、即座に私は「はい、寝ました。2回」と答えました。はっきりと自覚していました。2回、自分のいびきで目が覚めたんです。「よかったですね。それは"突き抜けた"んですよ。よかった」。横山先生のおっしゃった意味は相変わらずさっぱりわかりませんでしたが、あれほど激しい慟哭と悲し みを経たというのに、明らかに熟睡したのです。
15分ほどそのまま休んだあと、横山先生に促され、たったいま体験し たことを堰を切ったように話しました。辻褄もなにもあったもんじゃない、とにかく話したかった。すると先生は「子供さんたち、お父さんに気づいてもらうには3人必要だったんですよ」とにっこり笑って言ってくださいました。そして下の部屋に降り、正美先生と友人の顔を見たとたん、なぜか涙が溢れ、泣きじゃくってしまいました。ホントにいい年をして恥ずかしといったらありません。でも、どうしても涙が止まらないんです。正美先生が「封印してたんでしょ?辛かったことを。でも、今日それを全部吐き出せてよかったわね。こうするため には、子供さんたちの力はどうしても3人分必要だったのよ。3人でなくちゃダメだったのよ」と言われました。そして、「緑風荘へ行かれたでしょ?あそこでわらしちゃんたちが藤原さんを応援してくれたのよ。わらしちゃんたちみんなが味方になってくれたの」と教えられ、涙腺の壊れた私はまたまた大号泣してしまいました。
長い長い体験談になってしまいました。たぶん、どこか話が食い違っている箇所があるかもしれません。なにせあまりにも特殊な体験だったため、記憶だっておかしくなってるはずです。ただ、今でもいったい何が起こったのか、さっぱり理解できてはいません。横山ご夫妻の怪しいマジックに陥ったのか?などとさえ考えてしまうほどです(ごめんなさい)。最後に正美先生から「ここからの人生はお得な人生だと思って、たくさんの人に癒しを与えられる人になってください」と言われました。どういう意味なんだろう?
帰りの電車の中で友人が言いました。「わらしちゃんたちが味方になってくれたって言ってたよね。応援してるって。わらしちゃんってさ、親と時代の犠牲になった子供たちなんだよね」。父親に捨てられた3人の子供たちは、慈悲の笑みを浮かべて父親を赦してくれました。親子の絆とは何かを知らされた父親はぽろぽろと泣くばかり。「ようやく気づいてくれたね」という言葉は、きっとわらしちゃんが息子たちの姿を借りて言ってくれたのでしょう。親子は仲良くしなくちゃ、というメッセージだったのかもしれません。
これから、じっくりと横山総合施術院で何が起こったのか、自分の使命とは何か、自分にできることとは何なのか、考えていこうと思います。友人のお供だったはずの自分が施術を受けることになり、何かを気づかせていただきました。魂の品格が私よりはるかに上級だった3人の子供たちからの贈り物をしっかりと受け取ることができました。 友人の代わりに突然施術を受けることになったことは「必然ですよ」とおっしゃった横山先生の言葉通りなのでしょう。とりあえず今はこの言葉しかありません。お二人には心から感謝いたします。
「本当に ありがとうございました」。
北海道 雑誌編集者さん

ふ〜さんの 「腑に落ちた」話
ー横山総合施術院での体験よりー
(定価税込み400円)
この小冊子は、埼玉県熊谷市の横山総合施術院にて施術を受けた人々の体験談を
まとめたものです。
とても深いところで、自分とは何か、真の愛とは何かを気づかせてくれる、感動
の体験談集です。
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